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サツマイモ いわき昔野菜図譜 其の参 | いわき市役所

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Academic year: 2018

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サ ツ マ イ モ

(2)

サツマイモ

<ヒルガオ科サツマイモ属>

●主な栽培地

 平下高久 泉町 渡辺町

サツマイモは、紀元前3千年以上前からすでに栽培され ていたといわれるほど、歴史の古い野菜です。南米ペルー の博物館には、古代の遺跡から発掘されたサツマイモの乾 燥物や、サツマイモをモチーフにした、さまざまな土器や 織物が陳列されているほどで、大昔から人々に親しまれ続 けて来たことがうかがい知れます。

日本には、ヨーロッパ、アフリカ、インド、東南アジア、 中国を経て、16 世紀後半に宮古島に伝わったのが最初と されています。全国に普及し始めたのは江戸時代で、これ に一役買った人物が、青木昆陽でした。当時は、庶民・農 民にとって、非常に苦しい時代でした。大商人による米相 場の操作、度重なる飢饉や蝗こうがい害(バッタ類が大量発生し、 作物を食べつくしてしまう)が、民衆による米問屋襲撃や 農民一揆などの事件を引き起こしていました。彼は、この 世の中の窮状を少しでも変えようと、「蕃ばんしょこう薯考」をという 書物を書いて将軍・徳川吉宗に飢饉対策用に甘かんしょ藷(サツマ イモの別名)の栽培を進言し、これが採用されサツマイモ の栽培は全国に広まりました。

サツマイモは、乾燥した土地を好むため、いわき市内で も浜沿いの砂地などで栽培が盛んです。甘く育てやすい紅 あずまが主流となる中で、昭和 30 年以前に栽培されてい た果皮の赤もほんのり薄く、果肉が白い太たいはく白系の品種を残 している農家さんも数軒確認できました。

太白とは昭和初期の品種で、当時は今の紅あずまのよう に全国で栽培されていたものですが、実際の太白は味がう すく、一般に出回っていた太白と呼ばれた品種は、これを 改良したものがほとんどだったようです。ふかし芋や干し 芋にされ、いつでも食卓におかれ、人々のお腹を満たす役 目を担っていました。昭和30年以降に、次々に品種改良 が行われ、太白よりも口当たりが良い、甘く、見た目も優 れたサツマイモが次々に登場すると、徐々にその姿を消し、

生産の歴史的由来

渡辺町

サ ツ マ イ モ

泉町産の果肉の白いサツマイモ

(3)

います。

「みんなが、出来んのを楽しみにしてっ から元気なうちは無くせないんだ」と、懸 命に守り続けています。

5月上旬(田植えと同時期位)に、苗(20

㎝程で二~三葉あるもの)を定植します。 畝作りは、牛ふんと鶏ふんを撒いて耕起し ます。畝は幅1m・長さ7~8m・高さ 30㎝程で、25㎝間隔で「舟底植え」を します。6月下旬~7月上旬に根付いたら、 カリウムを少し追肥します。ただし、追肥 は苗の生長の様子を見て行うもので、近年 はしないことが多いと言います。調査の年 は、2ヶ所に植え付けましたが、夏の日照 りが続いたせいか、海砂質の畑の太白は全 滅してしまいました。水を与えた砂土質の 畑の太白は、例年よりは少なかったものの、 なんとか収穫できたとのことでした。

またこの年は、8月下旬~9月中旬に淡 い紫色の朝顔に似た花を付けました。サツ マイモの花は、日本では、沖縄県を除いて 通常開花することはないとされています。 栄養生長(芋の肥大)ができない環境下に 栽培者は、この芋を「太白」と教わり、

栽培を引き継ぎ40年になります。先々代 も作っていたという事から、100年以上 は栽培が続けられてきたと思われる、貴重 なサツマイモです。「お姑さんから受け継 いだ芋だし、可愛いというか…、美味い し、珍しいというのもある。」と、嫁ぎ先 で代々作り続けて来た作物を、簡単に絶や せなかったという思いが感じ取られます。

「何よりも身体が丈夫だったし」とご自身 のこれまでのご経験を笑顔で振り返られま した。

かつては収穫した芋ではなく、苗を売っ ていました。最盛期には千本以上の苗を出 荷しました。その後、他品種の芋が加わり、 太白を求める人も段々に減り、現在はご近 所や友人に分ける程度の栽培にとどまって 今ではほとんど栽培されなくなってしまい ました。

数名となった栽培者が作り続ける理由に は、ひとつの共通点があります。それは、 年配の方々、特に、太白系の白いサツマイ モが主として世に出回っていた当時に、お やつとしてそれを食べていた世代の方々が 懐かしがって、毎年苗をもらいに訪れたり、 収穫した芋を喜んで食べてくれるというこ とです。

かつては盛んに栽培されていたサツマイ モも、国内有数の生産地である隣の茨城県 産の良質な芋におされて値が下がったこ と、また若い世代の需要が減ったことから、 栽培量は減少の一途をたどっていますが、 昭和の高度成長を支えた世代の思い出その ままに、平成の畑に残った白いさつまいも は、お金では買えない、在来作物ならでは の味を今に伝えています。

平下高久

絶やせない想いが守った白いサツマイモ

栽培方法

サ ツ マ イ モ

(4)

間なく敷き詰め、ビニ-ルシートで覆いま す。今日のように、シート類が豊富でなかっ た時代は、藁の上に重石を置いたそうです。

穴の中で越冬した芋は、3月に他と同様、 苗床において芽だしの時期を迎えます。苗 床の作り方は様々ですが、栽培者は苗床を

「しろ」と呼んでいます。横1m・長さ7

~8m・高さ1mの大きさのしろは、竹で 二重に枠組みされ、その隙間に藁を敷き詰 めて壁となります。熱を逃さないように藁 をぎっしり詰めなければいけません。出来 上がったしろには、前年使った土や枯葉が 敷かれ、そこにたっぷりの水をかけて発酵 を促します。芋を並べ入れ、藁をかけシ- トで覆って発芽を待ちます。

おかれたため、例えば施肥や降雨量が少な いといった条件が重なった場合におこる現 象のため、いわき市内ではなかなか目にす ることができません。

11月になると、待ちに待った収穫です。 収穫した芋は2~3日、雨水に当たらない 場所で乾燥させたのち、畑の一角に掘られ る1m四方の穴の中で保管されます。藁で 穴を囲い、底から60㎝位まであら糠を敷 きます。芋を入れ、上から再びあら糠を隙

泉町

手作りのさつま床で育った白いサツマイモ

泉町で、今も栽培が続いている、果肉の 白いサツマイモは、栽培者が昭和20年代 に実家の兄から譲り受けたものです。春に は定植前の苗を、秋には収穫した芋を分け て欲しいとやってくる人があとを絶たず、 自分の家で食べることはほとんどないと言 いながらも、毎年手を抜くことなく丁寧に 栽培を続けています。栽培者は育苗にさつ

ま床と呼ばれる苗床(温床)を使用します。 竹で骨組みをした枠を、しっかりと編んだ 稲藁で囲み拵こしらえたさつま床は、今ではなか なか見ることのできない見事な作りです。 栽培者がボロ土と呼んでいる、昨年のさつ ま床に敷いた木葉などを敷き詰めて足で踏 み固めます。更に木葉や水を加えて再度足 で踏み、そこに種芋を並べます。さつま床

サ ツ マ イ モ

泉町の在来のサツマイモ 同畑の紅あずま

(5)

の中で生まれる発酵熱で育苗する伝統的手 法は、ハウスを設備して以降も、栽培者が 変わらず続けてきたことです。

このサツマイモは、近年主流となってい る紅あずまなどと比べると果肉が白く、水 分が多めです。干して水分をとばすことで 甘みが増すようで、毎年もらいに来る人は、 薄めにスライスして天日に干し、半乾きの 状態で袋に入れて冷凍保存しているといい ます。

苗は節が3つ出たところで定植する、収 穫は最初の霜が降りたらすぐやるなど、実 家のご両親やお姑さんの教えを忘れること なく、どこまでも真面目に丁寧に栽培され たサツマイモは、今、姑から嫁へと引き継 がれようとしています。

3月上旬にさつま床を用意し、7~10 日後に種芋を並べ、シートで覆って発芽を 促します。4月頃、苗が生長し、茎の節が 3つくらいになったら畑に定植します。畑 にはあらかじめこぬかを撒き、トラクター

で耕起しておきます。定植の際は、化成肥 料を撒きながら、鍬でさくって高くした畝 にすじをつけ、水をまいたところに、苗を 舟底型に植え付けます。

途中、追肥は必要ありませんが、葉や茎 があまり繁茂しない内に、鍬で片側の土を 5~6㎝すくい土寄せをします。

栽培者はお姑さんに、サツマイモは霜に 弱い作物だから、最初の霜が降りたらすぐ に収穫するようにと教わりました。通常だ と10月下旬~11月初旬の間に収穫は終 わらせます。

収穫した芋は霜に当たらないよう、物置 やハウスの中に穴を掘り、土の中で保管し ます。古い品種の芋のほうが腐りにくく、 土の中に春先まで置くことで甘みが増すよ うに感じると栽培者は言います。

栽培方法

サ ツ マ イ モ

(6)

渡辺町の栽培者は、夫婦で営む畑で2種 のさつまいもを作っています。太白(在来 種)と、紅あずま(非在来種)です。

昨年は猪が畑の作物を食い荒らし、特に 甘みの強い紅あずまは被害が深刻でした。

「(猪は)紅あずまが好きなんだな。比べる と太白の方がホクホク感や、収穫量も少な い…。栽培も難しい。でも、太白はねっと りしていて美味いという人が多く止めらん ない。」と笑っておられました。また、太 白の方が長期保存も可能だと言います。

この太白は、ご主人の実家で、戦前から 栽培されていたものです。芋自体あまり好 きではないと語るご主人ですが、奥様の畑 に太白がなかったことを受け、実家から種 芋を譲り受け栽培を始めました。

あまり食す機会がありませんが、実はサ ツマイモは、地上のツルも食べることがで きます。煮付けて食べると、ゼンマイの煮 物より味が良かったそうです。戦時中は、 芋ヅルをもらいに来た人が、芋ごと持ち 帰ってしまったこともあると、食糧難の時 代を振り返ります。

「懐かしさもあったから続けてきたのか なあ」これまで栽培を続けてきた理由を、 そう分析する栽培者の作る太白は、癖のな い素直な味です。

栽培方法

渡辺町

食糧難の時代を見守ったサツマイモ

サツマイモの栽培は、芽だしから始まり ます。3月下旬~4月上旬にかけて、幅1 m・長さ10m・深さ30㎝程度の温床に、 堆肥と約10㎝層の土を入れ、その上に種 芋どうしがくっつかないように並べ、もみ 殻をかけます。この際水はやりません。芋 自身の持つ水分で充分間に合うためです。 この温床を覆うようにド-ム状にビニ-ル をかけますが、温度管理が一番大事です。 約2週間後に発芽し、5月中旬頃に20㎝ 程度に生育したら、苗の切り取りです。

畝幅1.5m・長さ10m・高さ15㎝ のベッド型の畝に黒マルチをかけます。こ の時、風で飛ばないよう、四隅を土で押さ えます。一畝に2列ずつ、マルチの上から 25㎝間隔に直径3㎝程の棒で斜めに穴を 開け、そこに苗を挿し木のように植え付け ます。他の作物の収穫後であれば、施肥の 必要はありません。

枯れそうな時を除いては、追肥も灌水も 必要ありません。梅雨を過ぎ、夏の日差し を経て秋を迎え、10月下旬には、いよい よ収穫です。

収穫した芋は、1週間程外気にあて、室 に入れて保存します。室とは、地中に横1. 5m・縦1.5m・深さ1mの穴を掘り、 杉の葉で囲いもみ殻を敷き詰め、芋を並べ 入れ、再びもみ殻を40㎝程の層になるよ うに入れ、最後に防水用のビニ-ルシ-ト で覆ったものです。食べる時はその都度室 から出し、また種芋は室の中で年をまたい で春を待ちます。

サ ツ マ イ モ

参照

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〇齋藤会長代理 ありがとうございました。.

ほっとワークス・みのわ なし 給食 あり 少人数のため温かい食事の提供、畑で栽培した季節の野菜を食材として使用 辰野町就労・地活C なし

○片谷審議会会長 ありがとうございました。.